うみちゃんの知恵袋

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安楽死制度を望む。

こんにちは、うみちゃんです。

いつもいつも寒いですね。バイク通勤には身に染みる寒さです。

 

 

介護の仕事をしていて、私には思うことがあります。

 

私が入職したてのころ、初めて介護に携わった時です。

上司に各入居者を紹介していただきました。

私には衝撃の光景でした。

 

硬直して一切動かない体。言葉さえ発せない。曲がり切った指。

経口摂取が出来ず、胃瘻をしている方。どなたもかなり高齢の方。

かろうじて歩行をする人、車いす自走される方。

長生きなんてするべきじゃない。早くお迎えが来てほしい。なんて口にする人も。

そこに生への執着なんてなかった。

 

なにもかもが初めての私には何もかもが衝撃でした。

この人達はなんの為に生きて生かされているのか。

入職して半年、一年経っても家族の姿なんて見たことがない。

来てくれる家族もいなければ、ただ後は命尽きるのを待つだけ。

 

私はこんな時、安楽死制度、もしくは尊厳死制度があればなあと思う。

不謹慎かもしれないけど私なら死にたい。

寝たきりであればただ天井を見つめるだけの日。

ましてや痛覚が正常にあるならそこはただの生きる地獄でしかない。

 

オランダでは『安楽死制度』が法制化されているみたいです。

ただそこには条件があり、一つは『本人の意思』によるもの

そして『耐え難い苦痛があり、安楽死以外ではそれを軽減できないもの。』

 

ただオランダの安楽死制度でも寝たきりの方には『本人の自由意志』を確実に証明できることが出来ず、適用はされないだろう。

 

 

日本では障害者団体などは「治療を停止する圧力になりかねない。」と反対しているそう。

ただ障害者と高齢者の治療は分けて考えるべき。

そう考えると日本でも安楽死制度を導入できるのではと考えたりもする。

 

きっとなんとも安楽死反対の人は

「もっと長く生きるべき。」「生きたくても生きれない人がいる。」

「希望をもって生きるべき。」とかほざくんだろうなあ。

 

私は別に用がない人間は死んだ方がいいとか、

お金の無駄とか、そういうのを言いたいんじゃない。

 

生かしたくない人をただ生かしてあげてもそこには尊厳があるのか。

本人の意思で生きているのか。それに十分生きたのではないかと。

生きることを強制するのは私は間違っていると思う。

ましてや孤独死が増えてしまっている世の中だ。

誰かに知られず死ぬよりかはマシじゃないだろうか。

 

これから2025年に向けて、団塊の世代後期高齢者となっていく。

同時に社会保障費の急増が懸念されるだろう。

 

どう生きていくかだけでなく、どう終わりたいか。

死の迎え方を国は考えていくべきであると私は思う。

そして私たちもどのように死にたいか考える必要がある。

意識がなくなった時のために遺書に思いをつづるのもいいでしょう。

それは決して暗く辛いものではなく、自分の人生の終わり方を決める大切なことであると私は思う。